いよいよ、志寿香の引っ越しと入籍の日が近づいてきた。
大阪へ車で迎えに行く前に、ぼくの分だけ婚姻届に記入しておく。
結婚を機に、ぼくは「吉田」から志寿香の名字の「柴田」に変わることを選択した。
特に大きな理由はなく、田原で農業やるぞ!という、改めての心機一転、気持ちの切り替えや、
この辺では吉田よりも峻平で呼んでくれる人が多いこと、女性が名字を変えるのが当たり前のような考えに反したい
あまのじゃくな気持ちもどこかにあり、柴田を選択。
志寿香や彼女のご両親の方が、長男であるぼくの親の気持ちなどを心配してくれたけれど、
ぼくの両親も「いいよ」というあっさりした感じだった。
都会では大きな決断ほどでもないのに、跡取りを重んじる渥美半島ではとても珍しいようで、色んな人から驚かれた。
婚姻届の保証人として、ぼくの方は陽三さんにお願いした。
ぼくに渥美の自然の素晴らしさを教えてくれて、番組で志寿香と出会った後、結婚を意識するキッカケをつくってくれた人。
大阪へ出発する前に一緒に昼食をとり、サインをしてもらった。
大阪から、志寿香と、志寿香の大切なケンケンとうーちゃんを乗せ、深夜に愛知に着く。
結婚の実感よりも、いよいよ一緒に住むんだなぁというワクワク感が勝っている。
入籍の日は、粕谷夫妻と待ち合わせ、番組を通して結婚することになったもう一組と合わせて三組で市役所で新聞取材を受けた。
田原市は、田原市で入籍して、市に居住するカップルに、「アニバーサリーフラワーギフト」という、
花のまちならではのおもてなしをしてくれるそうで(注:2014年7月現在)、
花束、フラワーアレンジメント、観葉植物の中からぼくたちは観葉植物を選んだ。
思ったより立派な鉢物を市長さん自らぼくたちに手渡してくれて、写真もいっぱい撮られて楽しかった。
その後は、粕谷夫妻と恋路ヶ浜でランチをした。
同じお見合い番組がきっかけとなって結婚を決めた親近感があり、
粕谷夫妻の存在はとてもありがたい。
海を眺めつつ、自分たちのことながら改めておもしろい展開での結婚だなあと思っていた。
入籍してしばらく経った頃、
お見合い番組で知り合った伊良湖の年上の友達、高橋さんとふとした会合で会った。
彼はぼくに話がある様子で、会の後、しばらく話しこんだ。
高橋さんは、初めて志寿香を恋路ヶ浜に連れて行った時に大あさりを食べた店の経営者で、
同じく番組に出た旅館経営者の渡邉さんや同業者の方たちとともに、
伊良湖の活性化のためにがんばっている。
話によると、今までなかなか横のつながりがなかった飲食業者や宿泊業者の人たちが一緒になって、
恋路ヶ浜の掃除を毎月するようになったり、その他の観光エリアの植栽や清掃も行ったり、参加の人数も増えているそうだ。
「峻平くんは東京出身だから知らんだろうけど、恋路ヶ浜って、名前も場所も素晴らしいのに、
男女の別れの伝説や、『恋人と行くと別れる』という噂が昔からあるんだよ。
根も葉もないことだで残念で、その噂をなんとか払拭したい」
高橋さんは本当に伊良湖を愛しているようで、苦々しい表情でそう言った。
伊良湖の新しいPRのために、観光に関わる地元の人たちだけではなく、
市役所や商工会議所の人たちも加わって、新しいプロジェクトを計画中らしい。
「ぼくも、初めて東京から恋路ヶ浜に着いた時に、早朝、たまたま話したおじいさんから、恋路ヶ浜の伝説について、色々聞きましたよ」
「おじいさんって誰かやぁ」と高橋さんはしばし考えた後、まじめな顔をして本題に戻った。
「それでね、ぼくたちの、まだまだ思いつきの段階ではあるだけど、
この地で出会って結婚した峻平くん夫妻をモデルにラブストーリーをつくってインターネットで発信したり、
公開の結婚式をやって、新しい伝説をつくりたいんだよ!
峻平くんは東京出身だから、昔の伝説の『都からやってきた男女が・・・』って部分にも当てはまるし。どうかなあ?」
ラブストーリーには笑ったが、結婚式は、いずれ農園が落ち着いた頃にでも、志寿香と手作りでやりたいと思っていたので、
伊良湖での結婚式もおもしろそうかなあと思った。
「志寿香にも聞いてみますが、ぼくも、東京からやってきて、知り合いが誰もいない状態だったのに、
色んな人や自然の恵みに助けてもらったり、彼女とも出会えたり、
田原市への感謝の気持ちが強いので、できることは協力したいです」
そう伝えると、高橋さんは、
「まだどうなるかわからんけど、峻平くんはイケメンだし、志寿香ちゃんもかわいいで、
新しい伝説のために、よろしく頼むね!」と二カッと笑った。