「この近くに灯台があるけど、行ってみる?」
「うん、行きたい」
灯台に向けての道は二手に分かれていて、彼女の希望で海に近い側を歩くことにした。
きれいに整備された白い小道を灯台に向かって歩く。
右手には丘、左手に海、道の両サイドの足元には、海でしか見たことのない名前を知らない植物が生えている。
歩いているだけで気持ちがいい。
道が広くなった頃、ぼくは沖の方の小さな島を指差した。
「あの島は『神島』と言って、三島由紀夫の『潮騒』の舞台らしいよ。読んだことないけどね。
伊良湖岬から神島へ行く船も出てるし、日間賀島や篠島って島へも行けるらしいよ」
「へー、ここから島にも行けるんやあ」
潮風を受けながら進んでいくと、白い灯台が見えてきた。
かわいらしい、とても絵になる灯台だ。
灯台の前で、複数の観光客が写真を撮っている。
灯台の周囲の遊歩道には、糟谷磯丸という伊良湖出身の漁夫歌人の歌が刻まれた石碑がいくつもあった。
「そういえば、この中に恋の歌を歌ったものがあるらしいよ」
二人であれこれ探すうちに歌の上に、「恋するふたりが結ばれる歌」と書いてある石があった。
「これちゃうん?」と彼女が言い、二人で声をそろえて読み上げてみる。
<ねがわくば なお末かけて ひたち帯 むすぶの神の 恵みまたなん>
一読しただけでは、意味がうまくわからない。
「ひたち帯って何やろね?」
ぼくは、スマホで検索することにした。
一緒に画面を見る。
「ひたち帯……常陸国鹿島神社で、1月14日の祭礼の日に行われた縁結びの帯占。
布帯に意中の人の名を書いて神前に供え、神官がこれを結んで縁を定めた。鹿島の帯」
「縁結びの帯なんやあ」
「茨城の友達が、近くに縁結びの神社があるって言ってたけど、昔から有名なんだね」
その歌が刻まれた石の左下を見ると、かわいい道祖神が彫り込んである。
ぼくたちは二人で手を合わせた。
歌碑を見ながら歩いていくと、
他にも、「安産歌」や「子のできる歌」、「病が治まる歌」、「目標がかなえられる歌」などある。
「昔も今も、みんなの願いごとは変わらへんなあ」
彼女がしみじみと言った。
遊歩道を抜けると、道端に、浜ぼうふうが生えているのを見つけた。
「ほら、これが浜ぼうふうだって。今日の夜会う陽三さんが教えてくれた。
茹でて酢味噌で食べたり、刺身のつまにするって」
浜ぼうふうなんて、渥美半島に来るまで知りもしなかったのに、
彼女に伝えている自分が可笑しい。
その後は、道の駅のクリスタルポルトに入り、
フェリーを眺めたり、産直野菜や土産物を見たりして、恋路ヶ浜の駐車場に戻った。
駐車場を挟んで浜の反対側に並んでいる店の中で、
同じお見合い番組に出た仲間のいるところに寄り、大あさりを注文する。
忙しい中、厨房から出てきた友達が、ぼくたちを見て
「すっかりなじんどるじゃん!」と言って写真を撮ってくれた。
豊橋からの車ではお互い緊張していたのに、
海を歩いた後のぼくらは、そんな風に見えるのかな、と、くすぐったいような気持ちだった。