恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第6話「再会 ~ Shunpei ~」

それからは、柴田さんと毎日電話で話すようになった。
お互いの仕事が終わった夜に、時間を決めるようにして語り合う。
番組という特殊な状況で会って、少ししか話せなかったのに、電話では何年も前から知っているような感覚だった。
番組の放送は、お互いそれぞれの場所で見た。
ぼくは、Happinessあつみにファームステイのスタッフとして来ている大学生たちと見た。
恥ずかしかったけれど、遠く離れた彼女と番組について共有できてうれしかった。

イベントから1ヶ月後の8月末、柴田さんが大阪から田原市に遊びに来ることになった。
ぼくたちは10時過ぎ、豊橋駅で待ち合わせた。
「おはよう」
「おはよう」
照れくさいような、不思議な気持ちになりながら車で移動する。
電話ではお互いよどみなく言葉が出るというのに、車内では予想外に沈黙が続いた。
緊張しているというか、意識しているというか・・・
ぎくしゃくした空気のまま、三河湾側を辿って伊良湖岬に向かう。
最初に海が見えた時、柴田さんが言った。
「ほんま、いいところやなあ」
ぼくは、自分のふるさとでもないのに、渥美半島を褒めてもらえたことがうれしかった。

番組の時は移動と収録と待ち時間ばかりで観光ができなかったので、まずは彼女を恋路ヶ浜に連れて行った。
ぼくが東京から最初に来た時、訪れた場所だ。
駐車場に車を停め、浜辺へ向かう。
左手に「永遠の鐘」のモニュメントや「しあわせの鍵」をかけられるスポットがあるけれど、
いきなりそこに行くのはまだ早いと思って、何も触れなかった。

恋路ヶ浜目の前に恋路ヶ浜が広がる。
「うわ~、海や~。潮の香りがするなあ」
彼女がうれしそうな笑みを浮かべた。沖に少しもやのかかった夏の海だった。
半島での暮らしも3年目の今、季節によって海の見え方に違いがあることもわかってきた。
「初めて東京から車で来た時、朝早く着いたから、Happinessあつみに行く前に、ここまで来たんだよ。
その時、日の出を見たんだけど、本当にきれいだったよ」
「日の出?どの辺から出るん?」
「あっち側が東みたい。あそこに穴が開いた岩が見えるでしょ。あれが日出の石門。
「日」っていう字と「出る」っていう字で「日出(ひい)」の石門って読むんだけど、
この恋路ヶ浜から眺めた時に、10月と2月にあの穴から日が昇るのが見える時があるらしいよ」
「そうなんや~。見てみたいなあ。それに、『恋路ヶ浜』って名前も素敵やんなあ」
「恋にまつわる色んな言い伝えがあったんだって。
都から逃れた高貴な男女がこの浜で仲睦まじく暮らしたとか、一緒に桜貝になったとか」
ぼくは、初めてこの浜辺に来た時、ゴミ拾いをしていたおじいさんから教えてもらった話を彼女に伝えた。
悲恋の伝説もあった気がするけれど、ハッピーなものだけを口にする。
「高貴な男女、桜貝・・・」
彼女が何か想像している間、ぼくらは都から逃れてきたわけでも、高貴なわけでもないけれど、
この先どうなるのかな~とぼんやり思った。
お盆を過ぎると風が変わると地元の人がよく言うように、確かに今日も
暑いけれど、潮風が心地よい。

ザザーン、ザザーン……波の音やリズムを感じながら、
さっきまでギクシャクしていた2人の間を、自然の美しさが埋めてくれるようだった。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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